2008年08月27日
安謝川 安謝橋
現在 安謝川の付近で、住宅を、建築中です、現場の近くの安謝川から、安謝交差点を望む風景です、
現在 安謝川の付近で、住宅を、建築中です、現場の近くの安謝川から、安謝交差点を望む風景です、
昨日 お世話になっている儀間さんにグワバ(バンシルー)で作った、ゼリーを頂きました、今日は、事務所のみんなで、美味しく頂きました、
自分の小さいころは、いろんなところで、グワバ(バンシルー)は、多くありよく取って食べていました、しかし最近は、グワバ(バンシルー)の種の食感が気になりあまり食べません ところがこうやって手間ひまかけて、ゼリーにすると、なかなか食感もよく、グワバ(バンシルー)の香りもでて、美味しく頂きました 写真には、ありませんが、一緒にゴーヤーゼリーも添えて最高でした、話しに聞くとグワバ(バンシルー)は、結構手間が、かかったとのこと今度教えて頂きたいと思いました、

上の写真は、グワバ(バンシルー)の写真です、
広告物申請業務については
(有)吉田建築設計
お問い合わせ先
E-Mail info@yoshida-archi.com
電話 098-894-2170 までよろしくお願いします。



宜野湾市にある耳鼻咽喉科さんの 屋外広告物許可更新の申請を行いました。 建物敷地以外にも、数ヶ所に案内広告板を掲げておられましたので、それら全部 まとめて手続きしました。 屋外広告物許可は3年ごとに更新が必要ですのでお忘れなく。
広告物申請 お問い合わせ 098-894-2170 (有)吉田建築設計
日秀上人
(にっしゅうしょうにん) 金武町の観音堂も日秀上人が開いたんですよね
| 一、上人フナヤに漂流:日秀上人 | |
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永正(えいしょう年間(1504から1520)、和歌山から唐に行く途中の一隻の舟が、金武のフナヤ(富花港)に流れついた。
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当時のフナヤは、山原舟(やんばるせん)が停泊しては薪を積む港だったといわれ、フナヤの手前はヤマクモー(営林署のある近辺)といって薪の積み出しの準備をする所だったそうだ。
ちょうど舟が流れついた頃、ヤマクモーに仕事をしに来ていた並里の若者がいた。
若者の目には、流れついた舟が大きな箱のように見え、もしかすると宝物でも流れてきたのではと、喜び勇んで近づいてみた。
しかし、近くでよく見ると人気(ひとけ)のない舟だった。
ほとんど半壊(はんかい)状態の舟、その帆柱は根こそぎに折れてなくなり、へさき(舟首)はもぎとられ、舟の面影はなくなっていた。
若者が乗り込んでよく調べてみると、舟の中央部あたりに、上から板をかぶせた細長い箇所があった。板を取り払ってみると、かろうじて生きているかのようなお坊さんが、舟底にしがみつき、うつぶせになって倒れていた。
「これはいかん。すぐにも手当てせねば」
と若者は持っていた弁当をあたため、オカユを作って差しあげた。
オカユをすすっているうちに、坊さんの体力は回復したようで、立ち上がって海を見渡した。そして、笑みをいっぱい浮かべて大きな声をはりあげた。
「ほこらしやみなと!」
しばらくたつと、坊さんはよほど、のどがかわいていたとみえ、若者に頼みこんだ。
「このあたりに、飲み水はないかな」
若者は村はずれの小高い丘のふもとにある、湧き水の出る場所に案内した。
潮風にだいぶさらされた後の喉の渇きだったせいか、坊さんは新鮮な冷たい水を一口入れただけで、身震いをした。
「うーん…、なんとおいしい水だろう。この水でお茶をわかして飲むと、きっとすばらしい味がするだろうよ」
と若者に教えた。
すっかり落ち着きを取りもどした坊さんは、それまでのいきさつを若者に話した。
若者はこの坊さんが、日秀上人という身分の高い僧であることをはじめて知り、急にこちこちになり、へりくだった態度をとった。
「そんなにかたぐるしくならんでもよい。それに、あなたは私の命の恩人だ。何かお礼をせねば。私にできることがあれば、何でも申し述べよ」
上人の言葉に、若者は
「私は何もほしくございません。あたりまえのことをしたまでです……。あえて申しあげますと、物をもらってもいつかはなくなります。それで…、姓をたまわりたいのですが」
「ほっほう、姓がほしいとな……。して、どんな姓が」
と若者に尋ねると、若者は北の方角を指差しながら
「この丘のずっと向こうの山のふもとに、川がございます。その川は、私たちの先祖代々はじめ、多くの村人の生活に、たいへん役に立ってきた由緒(ゆいしょ)ある川でございます。名はヒジャガーと言います。その川の名を授けてもらえば、たいへん光栄に思うのですが」
と願い出た。
「それはたやすいことだ」
と上人は言って、この名が幸せをもたらすように唱えあげた。
「さあ、今日からおまえの名字は比嘉だ。この名に誇りをもって使うがよい」
と若者に命名した。
それから後、姓をもらった若者の屋号はヒジャとなり、また、現在でも比嘉姓を名のり栄えているという。
この話が村中に伝わっていくうちに、日秀上人の申された「ふくらしゃみなと」の言葉から、その浜のあたりは福花と呼ばれ、また、湧き水の出る所を茶井(サーガ)と呼ぶようになった。
茶井は後々、おいしい水所として首里までその名が届き、役人が金武に立ち寄るときは、必ずといっていいほど、ここの水を飲んでいったという。
金武町で音楽スタジオつくりを していますが、
現場から、歩いて10分のところに こんな湧き水がありました、
種別 記念物
指定 平成4年5月7日
所在地 金武町字金武919番地
ウッカガー(金武大川)は並里区の中央に位置し琉球石灰岩の多孔室を基盤とした地下水の湧き
出た 代表的な井泉で 県下に知られた泉です、「大正13年に衛生上の見地から金武並里区で
経費を負担し1月に竣工」 コンクリートで用途別に区切り 泉口の根を飲料水、近くに男女別の水
浴場を設け道路下方は洗濯場 芋洗い場として構築された、 66年経過した井泉は水漏れなどに
より, 平成2年3月改修され現在に至る。上水道が普及する以前は、金武波里区住民の飲料水で
あり元旦の若水を含み夏には水浴を楽しみ、また地域住民の出会いの場であったそうです、
井泉は、かんばつ時に渇水せずその豊富な湧水量は、一日千トンを越え、余水は、武田原に注ぎ
稲、水芋の産地形成している、生活様式や地域社会の変化にともない幾度かの改修を重ねながら
「長寿の泉」を象徴するように沸き出る清水の井泉は、先人より健承された文化遺産である、
金武町教育委員会
ここは、砂辺の北側
嘉手納飛行場の進入路です、
柵の向こう側は、嘉手納基地内です、
一切民間人が入れない場所ですが、
畑があり、今日は、お父さんが
畑仕事していました、(黙認工作地です)
何か不思議な感じです、
読谷のやちむん村です
、やちむんとは、
焼き物(陶器)の意味です
もともと、
壷やの職人の人たちが、
移動してきたらしい、
もう那覇市では、
のぼり窯が作れないとか、
この写真は、
読谷やちむん村の
のぼり窯です。
ここは嘉手納町
比謝川河口の海岸です、
今日は、天気もよく、
ゆったりした時間がながれています、
釣りをする、
お父さんたち向こう岸の山の裏には、
公園とビーチが有ります、
のんびりするには、
とてもいい場所です。
ちなみに、何をねらっているのか
カゴ釣りでした、
恩納村真栄田岬
沖縄本島の中でも数あるダイビングポイントの一つ
陸からトライできるポイントです
以前と比べ 海まで、降りる歩道が
よりよく整備されています。
今日も沢山の人々でにぎわっていました。
吉田建築設計は、沖縄県宜野湾市にて建築設計業務を行っております。住宅・店舗・倉庫等、また音楽スタジオ等の防音室設計など設計してまいりました。規模の大小にかかわらず、豊かで快適な空間創造を目指しております。また、当社は新築はもちろん、リフォーム、増築、改築等建築に関することなら何でも、お気軽にご相談ください。