2007年06月16日
自動車免許きりかえ
皆様おはようございます、
私の誕生日は、5月でまた今年は、自動車免許のきちかえ年でもありました、
以前の切り替えは、5年前だったので、免許のきりかえが、当時と変わっているのを
気がつきませんでした、
3分間写真で写真を撮りに行くと免許用写真とあったので指定大きさで撮りました、
いざ 写真も用意し 切り替え所へ
切り替え所に行くと、今は、古い免許証をパソコンに差込
でてきた、書類にサインするだけでした、
思うこと・・・・・・・・3分間写真まったくいらなかったでした。
だったら、免許用なんて、表示するな、 「免許は、いろいろあるだろ」と
言われそうですが、車社会では、自動車免許が、免許と思うでしょう
また、道路交通方も変わり、いろんなことが、分かりました
思うこと 飲酒運転は、本当に怖いと感じました、
2007年06月02日
M音楽スタジオ 金武町の民話
今、M音楽スタジオの製作で金武町で仕事していますが、
金武町の町や、いろんなこと見たり聞いたりしています、
金武町のホームページで金武町の民話が、紹介されていたので、
紹介したいと、思います、
一、キジムナーとの出会い
昭和 14 年8月のことです。
昼はうだるような暑さの中を畑仕事、夜は家で、ゆっくり休もうにも、むし暑い熱帯夜。近くの浜辺(現在の屋嘉ビーチ給油所一帯)で夕涼みするのも、夏の日の日課でありました。
その日も夕時の家事をすませ、いつもの浜にいきました。そこにはすでに、いつものメンバー(学校の先生と隣のおじさん、おばさん)が楽しく語り合っていました。
その夜は、それはもう月がとってもきれいな晩でした。月の光を一面に浴びている海は、まるで銀世界のよう。べたなぎの小波の音が、静けさと月の光でなおさら目立ち、ときおり小魚が飛びはねる音、姿さえはっきりわかるのでした。
そんな光景をながめながらの語らいは、その日の疲れを忘れさせるのに十分にして、なお余りあるほどでした。
私が仲間に加わってしばらくは、笑い声をはさみながら話がはずんでいました。
ところがそのうちに先生が、急に何を思ったのか、
「この世に、キジムナーというものがいるだろうか」
と投げかけてきたことから話がかみ合わなくなってきました。
おじさんは
「そんなもの、いるはずがないよ。きっとだれかの作り話に決まっている」
と答え、まったく相手にしません。
私はすかさず
「話があるということは、ほんとうのことかも知れないよ」
と反論しました。
「いる」
「いない」
でしばらくは話が折りあわず、それからは誰もが口をつぐんでしまい、すっかり静かになってしまったのです。
その時です。
低い谷間の方から、体の小さい化け物みたいなものが、十人ぐらいだっただろうか、火をともしながらやってくるのです。
私はおそろしくなってきたので、あわてて先生に
「先生!あなたはキジムナーを呼びましたね。さあ、こぶしを強くしっかりとにぎって、気を落ち着かせてください」
と言うと
「ばかなことを言うもんじゃないよ」
とおじさんは言って、私の話を全然信用しようとしません。そして、海の方だけをながめていたのです。
私ははっきりと、キジムナーの姿をこの目でたしかめていましたので
「もしキジムナーが近づいてきたら、この魚を捕る網の下に隠れよう」
と私が真剣になって言うと、それまでまったく相手にしようとしなかったおじさんが
「ほんとうにいるのかな」
と言い、首をかしげながらキジムナーの方へ目をやりました。
そのときキジムナーは、すでにナーカ森に入り、部落のすぐ手前まできていました。
はじめて見るキジムナーに、おじさんや先生は、あまりのおどろきに、立ちすくんでふるえているようでした。
私はある人から、キジムナーに出会ったら、その対応のしかたを教えられていましたので
「さあみなさん!キジムナーが部落の中へ入ってきたら、こっちへ来るのは時間の問題だ。その時は、自分は鋼鉄のような人間と思いなさい。そして、キジムナーをじっと見つめるのです」
と教え、四人はキジムナーから目をはなさず、じっとその動きをにらむようにしていました。
するとキジムナーは、こっちには近寄れず、ソンシチの浜から小浜に行き、さらに海面をすっーと飛び越え、コンブ(具志川市昆布)に渡って消えたのです。
金武町役場のホームページにありました、
他にもいろいろありましたよ~